「はい、これ、誕生日プレゼント」
そういって早苗ちゃんが差し出したのは、ピンクのリボンが掛かった白い箱だった。透明な部分から中が覗け、植木鉢に入ったテニスボール大の緑色のものが見える。
仙人掌? 初めて家族以外からもらう誕生日プレゼントが、仙人掌……。
「気に入らなかった? やっぱりポーチとかがよかった? この前遊びに来たとき、うちの仙人掌を長い間見てたからさ、欲しいのかなぁって思って……。お母さんと一緒に植えかえてラッピングしたんだけど……。ダメだった?」
早苗ちゃんはためらいながらも早口で言った。左手の甲を爪でひっかいている。これは早苗ちゃんが不安な時の癖だ。
仙人掌を気に入らなかったかだって? とんでもない。私は嬉しさのあまり言葉が出ないって、状態だったのだ。だから私は、硬い顔で見つめてくる早苗ちゃんに満面の笑みをつけて言った。
「めっちゃ嬉しい! ありがとう!」
早苗ちゃんは途端に表情を崩した。心底ほっとしたようだ。
「よかったぁ……。私、ちょっと唐突なことしちゃったかなぁって、心配してたんだぁ……。杏里ちゃんが仙人掌欲しそうに見えたのは、私の勘違いだったのかな、ってね。実はお母さんにも、もっと普通のにしなさいって言われてたし……。でもね、私、杏里ちゃんには一番それを渡したかったの。それ、私が去年、最後におばあさんに会った時にもらった、大切な仙人掌うちの一個だからさ」
「そうなんだぁ。そんな大切なの、もらっていいの? 私は嬉しいけどさ……」
「全然いいの! 杏里ちゃんは私の親友だからさ。……親友の証!」
ここで早苗ちゃんは一呼吸置くと、大事にしてね? と小さく付け加える。
「もちろん! 一番日当たりがいいとこに置くよ! ほんとにありがとう!」
私が右手の親指を立てながら言葉を返すと、早苗ちゃんは笑い、じゃあ、明日ね、と手を振って自宅に帰っていった。私も、背後にある玄関を開けて家に入る。そして、扉をぴっちりと閉め、鍵をかけてから、仙人掌の包装を解き始めた。ラメ入りの綺麗なリボンを解き、箱の蓋を開けると、そこにはツヤツヤと緑色の仙人掌があった。小さくて無数にある棘は黒く、ツンツンと尖っていて、緑を引き立てより美しく見せている。
――私の初めての植物だ。学校での朝顔みたいに、みんなで一緒にするやつじゃなく、私の為に選ばれた初めての植物だ。
私は暫らくその美しさに見惚れた後、靴を脱ぎ捨て、母に仙人掌を見せに走った。
母は二階にあるベランダで布団を干していた。私は母の作業が終わるのを待ち、母がベランダへの網戸を閉めたところで、仙人掌を背中に隠して話しかけた。
「ねぇお母さん。私、誕生日プレゼントに早苗ちゃんから何もらったと思う?」
「さぁ? ハンカチとか、お菓子?」
「ブー! ほら、仙人掌もらったんだよ〜」
ばっと仙人掌を母の目の前に突き出し、私は言った。だが、母はチラリと仙人掌に目を向けると、そう、よかったわね、としか言ってくれなかった。私は素っ気無さにがっかりする。もっと嬉しがってくれると思ってたのにと。が、私の様子など気にせず去って行く母の背中を見て、すぐさま思いなおした。まぁ、いっか。私の誕生日プレゼントだし……、とね。
さて、母へのお披露目も一応終わったことだし、と、私はリビングにある裏口から庭へ出る。今日は日曜日なので、父が趣味の洗車をしていた。父が飛び散らす水で空に小さな虹ができているのが見える。
我が家の南西の角を右に曲がると、家の西面に沿って、花の植わったプランターが並んでいるはずだ。しかし、久しぶりに見た五、六個のプランターは、花の割合より雑草のそれが多いくらいの荒れ放題な状態だった。母のいい加減な花の世話に溜息をついて、私は家の壁の南の隅に立っている、支柱に枯れた蔦が撒きついた紫色の小さなプランターをどけ、そこに仙人掌を置いた。
その場所は、西、東、南の三方向から日光の当たる、我が家で一番日当たりのいい場所である。仙人掌の黄色い植木鉢を覗くと、雑草はまったく生えていない。砂よりちょっと大粒な白っぽい土と仙人掌だけが見える。私の目には、この仙人掌がうちにある植物の中で一番輝いているように見えた。それはきっと雑草に埋もれていないというだけの理由ではないのだろう。
今日は天気がいい……。仙人掌に影を落とさないよう、少し左に寄る。空を見上げると、さっき母が干していた薄い夏用の布団の端が、熱気を含んだ風に揺れていた。
その日の晩は、家族四人で直径十五センチの小さなホールケーキを囲み、私の七度目の誕生日を祝った。店売りのケーキには、
『七月十四日
杏里ちゃんおたんじょうびおめでとう! 』
と、書かれていた。
ケーキの蝋燭を吹き消した後に両親から渡されたプレゼントは、私が発売当初から欲しがっていた「ニンゼンドーDSlite」と、お母さんの希望であろう、漢字練習用のソフトだった。二万円近くするプレゼントだったけど、順番が悪かった。はい、と儀式の一環のように渡されたそれは、高いお金を出してくれた両親には悪いけれど、早苗ちゃんがくれた仙人掌の嬉しさに勝てなかった。